テレビやSNSで誰もが見たことのある、あの不思議な「伸びるアイス」。でも、「なぜ?」と問われると、意外と誰も答えられないのではないでしょうか。
実はその答えは、単なる原料の話ではありません。トルコの厳しい自然環境と、オスマン帝国時代から続く長い歴史が生んだ、必然の「発明物語」なのです。
この記事では、化学的な仕組みから文化的な背景までを一本の線で繋ぎ、あなたの「なぜ?」を知的な興奮に変える旅にご案内します。読み終える頃には、あなたはトルコアイスのうんちくを誰かに語れるだけでなく、食文化の奥深さにきっと魅了されているはずです。
「なぜ伸びるの?」その疑問が、全ての始まり

「トルコアイスって、どうしてあんなに伸びるんですか?」
食文化を研究していると、この質問を本当によく受けます。私も最初は、何か特別な化学的な仕掛けがあるのだと思っていました。「結局、特別な添加物を使っているんでしょ?」と尋ねられることも一度や二度ではありません。しかし、真実は全く違うのです。
多くの人が抱くこの素朴な疑問こそが、食文化の奥深い世界への入り口です。トルコアイスの「伸び」の秘密は、近代的な食品化学の産物ではなく、むしろその逆。何世紀も前の人々が、自分たちの周りにある自然の恵みを最大限に活かそうとした知恵の結晶なのです。この探求は、単なるデザートの謎解きを超えて、ある地域の風土と歴史そのものを理解する旅となります。
答えは歴史にあり。灼熱の大地が生んだ「溶けないアイス」という必然
トルコアイスの正式名称「ドンドゥルマ」がなぜ生まれたのか、その答えはドンドゥルマの発祥地であるトルコ南東部の都市、カフラマンマラシュの風土に隠されています。カフラマンマラシュは、夏は灼熱の暑さに見舞われる一方で、冬は雪深い山岳地帯に囲まれています。
この厳しい気候こそが、「溶けにくいアイスクリーム」という必然性を生み出しました。人々は、暑い夏を乗り切るための冷たくて栄養価の高い保存食を求めたのです。その答えは、カフラマンマラシュ周辺の山々に自生する野生のラン科植物の根茎から作られる「サーレップ」という粉でした。サーレップこそが、ドンドゥルマの「伸び」というユニークな特性を生み出す主要因なのです。オスマン帝国時代、このサーレップを用いたドンドゥルマの製法が確立され、暑い地域で暮らす人々の知恵として受け継がれていきました。
トルコアイス「ドンドゥルマ」誕生の物語

“伸び”の正体を科学する:2つのキーマテリアル

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歴史的な必然性を理解したところで、次はその不思議な食感の科学的な側面に焦点を当てましょう。ドンドゥルマの独特な粘弾性は、主に2つの天然素材の相互作用によって生まれています。
第一に、そして最も重要なのが、主役である「サーレップ」です。サーレップの主成分は「グルコマンナン」という高分子多糖類です。グルコマンナンは、自身の質量の数十倍から百倍もの水分を吸収し、強力に保持する性質を持っています。アイスクリームの材料である牛乳や水の分子が凍って大きな氷の結晶になるのを、このグルコマンナンが物理的に防ぎます。結果として、ドンドゥルマは凍っているにもかかわらず滑らかで、あの独特の粘りと伸びが生まれるのです。
第二のキーマテリアルは、助演俳優ともいえる「マスチックガム」です。マスチックガムは、ギリシャのヒオス島などに自生するウルシ科の木から採れる天然樹脂で、爽やかな木の香りが特徴です。ドンドゥルマにマスチックガムを加えることで、サーレップの粘りに加えて、噛み応えのある弾力と清涼感のある風味が与えられます。
この2つの天然素材の組み合わせこそが、トルコアイスの食感の科学的な答えです。
トルコアイスが伸びる科学的メカニズム

現代に受け継がれる物語:パフォーマンスと希少性

さて、過去の物語と科学的な仕組みを理解すると、現代のトルコアイスの姿も違って見えてきます。
例えば、店員さんが長い棒でお客さんをからかう、あの有名なパフォーマンス。あれは単なる客寄せではありません。ドンドゥルマの強靭な粘り強さ、つまりドンドゥルマの本質的な特性をショーアップした、一つの文化的表現なのです。あのパフォーマンスが可能なこと自体が、ドンドゥルマが本物であることの証明とも言えるでしょう。
一方で、現代ならではの課題も存在します。主原料であるサーレップは、野生のランの根から作られますが、乱獲によって多くの種が絶滅の危機に瀕しています。そのため、サーレップの原料となるラン科植物の国際取引は、CITES(ワシントン条約)によって厳しく規制されています。この規制がサーレップの希少性を高め、本物のドンドゥルマが非常に貴重である理由の一つとなっています。私たちが本物のドンドゥルマを味わうとき、その背景にある自然保護の問題にも思いを馳せることが大切です。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: もし「トルコアイス」として販売されているものがあまり伸びない場合、それはサーレップの代わりに増粘剤などを使用している可能性があります。
なぜなら、本物のサーレップは非常に高価で入手困難だからです。もちろん、それらが美味しくないわけではありませんが、この記事で解説してきたような歴史的・文化的な背景を持つ「ドンドゥルマ」とは異なるものである、と知っておくと食の体験がより深まります。
FAQ:トルコアイスに関する残りの疑問、全て答えます
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最後に、よくある質問について簡潔にお答えします。
Q. 「ドンドゥルマ」ってどういう意味?
A. トルコ語で「凍らせたもの」という意味で、広くアイスクリーム全般を指す言葉です。この記事で解説してきた伝統的なトルコアイスは、特に「マラシュ・ドンドゥルマス(マラシュのアイスクリーム)」と呼ばれます。
Q. 日本で本物を食べられる場所は?
A. トルコ料理レストランや、トルコ系のイベントなどで提供されていることが多いです。近年では、本物のサーレップを使用したドンドゥルマを輸入・販売している専門店も少数ながら存在します。
Q. 家で作れる?
A. 本物のサーレップの入手は困難ですが、片栗粉やコーンスターチ、あるいは里芋などを代用して、家庭で伸びる食感を再現するレシピは数多く存在します。文化の再現として楽しんでみるのも一興でしょう。
まとめ:一杯のアイスに込められた、壮大な物語
トルコアイスの「伸び」は、単なる面白い現象ではなく、トルコの厳しい自然と、そこで生きる人々の知恵、そしてオスマン帝国から続く長い歴史が織りなす、必然の物語であったことをお分かりいただけたでしょうか。
主原料であるサーレップの科学的な特性、発祥の地カフラマンマラシュの風土、そして現代に受け継がれるパフォーマンスと希少性の問題。これら全てが一本の線で繋がっています。
次にあなたがトルコアイスを見かけた時、その目にはもう、単なる冷たいデザートではなく、一杯に凝縮された壮大な文化遺産として映るはずです。
この夏、まずは日本で本物のドンドゥルマを体験し、その歴史の味を確かめてみませんか?お近くのお店を探してみましょう。
[参考文献リスト]
参考文献
- Go Türkiye (Official Tourism Portal of Turkey) – トルコ共和国文化観光省公式サイト
- Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora (CITES) – ワシントン条約公式サイト


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