「古代核戦争で滅んだ」という有名な噂。ワクワクしますよね。私も学生時代、そのミステリーに心を躍らせた一人です。でも、もしその噂が間違いで、もっと凄まじい「真実」があるとしたらどうでしょうか?
ITエンジニアの視点でこの遺跡を見ると、モヘンジョダロはまさにオーパーツの宝庫です。ただし、それは宇宙人の仕業だからではありません。人類最古の「システム設計」と「標準化」が見事に実装された傑作だからです。
この記事では、オカルトの霧を科学的なファクトで晴らし、現代のプロジェクトマネージャー(PM)も驚く4000年前の「都市OS」の秘密を解き明かします。
[著者情報]
元システムエンジニア
大手花壇メーカーにて開発者として勤務。もともと考古学者の身内をもち、自分もその道にとおもったものの理系へと進み、開発の道へ。
今でも好きな漫画は、マスターキートン!
なぜ「モヘンジョダロ=古代核戦争」と言われるのか?その根拠と正体

正直に告白します。私もかつては「モヘンジョダロの核戦争説」を信じていました。「4000年前に核爆発があった」なんて、SF映画のようでロマンがありますよね。
この説がこれほどまでに広まったのには、いくつかの「もっともらしい証拠」が存在するからです。特に有名なのが、「ガラス化した石」と「放射能を帯びた遺骨」の存在でしょう。
「町中の石が高熱で溶けてガラス状になっている」「発掘された遺骨から通常の50倍の放射線が検出された」。こうした話を聞けば、誰だって「核兵器以外にありえない!」と思ってしまうのも無理はありません。私自身、エンジニアとして「自然界で石がガラス化するほどの高温が発生するだろうか?」と疑問を持ったことを覚えています。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみましょう。これらの情報は、いつ、誰が報告したものなのでしょうか? 実は、これらの「証拠」の多くは、1920年代から続く古い発掘報告や、後のオカルト研究家による解釈が独り歩きしたものなのです。
私たちは普段の業務で、バグの原因を特定する際にログの一次情報を確認しますよね。それと同じように、このミステリーも一次情報に立ち返ることで、全く別の景色が見えてきます。
核戦争説の「噂」と「科学的視点」の対比図

【検証】ガラス化も放射能も「核」ではない?科学が暴く3つの真実

ここからは、先ほど挙げた「証拠」を、最新の考古学的知見と科学的分析に基づいて検証していきます。結論から言えば、ガラス化現象と核戦争説は、誤解に基づいた関係にあります。
1. 「ガラス化した石」の正体は高温の窯と火災
モヘンジョダロで見つかる「ガラス化した石(トリニタイトに似た物質)」は、核爆発の証拠ではありません。これらは、陶器を焼くための高温の窯(キルン)の壁面が溶解したものや、長期間続いた大規模な火災によってレンガが溶解したものであることが判明しています。
鉱物学的な分析によれば、これらのガラス化物質には、核爆発特有の放射性同位体が含まれていません。単に「高熱で溶けた」という物理現象だけを見て、核爆発と結びつけてしまったのが誤解の始まりです。
2. 「放射能遺骨」は測定誤差と自然放射線
「通常の50倍の放射能」という記述は、主にソビエト連邦の研究者A・ゴルボフスキーが1960年代に著書で紹介したものが元ネタとなっています。しかし、現代の調査では、モヘンジョダロの遺跡から異常な放射線は検出されていません。
当時の測定機器の精度や、土壌に含まれる自然放射線(バックグラウンド)を誤認した可能性が極めて高いとされています。Penn Museum(ペンシルベニア大学博物館)の研究でも、核爆発を示唆する痕跡は否定されています。
3. 「虐殺された遺体」は時代の異なる埋葬
「人々が突然死に絶えたように、路上に遺体が転がっていた」という話も、事実とは異なります。発見された遺体群(通称:死の丘の悲劇)を詳細に分析した結果、これらの遺体は同時期に死亡したものではなく、数百年単位で時期が異なる埋葬が、風化によって同じ地層面に露出してしまったものであることが分かっています。
つまり、一瞬で都市が壊滅したのではなく、長い時間をかけて都市が衰退していく中で、廃墟の一部が墓地として使われていただけなのです。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 「説明できない現象=超古代文明」という思考停止に陥らず、必ず「当時の技術背景」を確認する癖をつけましょう。
なぜなら、この点は多くの人が見落としがちですが、古代人は私たちが思う以上に「火」や「熱」を扱う技術に長けていたからです。ガラス化現象は、核がなくとも、当時の職人の技術(高温焼成)や自然災害(大火災)で十分に説明がつきます。この視点を持つだけで、歴史の解像度は一気に上がります。
現代人も顔負け!インダス文明が実装した「都市OS」の凄まじさ

オカルトの霧が晴れたところで、いよいよモヘンジョダロの「真の凄さ」に迫りましょう。私が元エンジニアとして最も感動したのは、彼らが4000年前に実装していた「都市計画(Urban Planning)」と「下水道システム(Sewage System)」の完成度です。
これは決して大袈裟ではなく、ある意味で現代のスマートシティ構想の先駆けとも言えるものです。
1. 19世紀ロンドンを超えた「下水道システム」
モヘンジョダロの排水設備は、驚くべきことに各家庭から始まります。
家の2階から垂直に降りる排水管(テラコッタ製)は、一度、家の外にある「沈殿槽(汚水桝)」に繋がります。ここで固形物を沈殿させ、上澄みの水だけを道路沿いの本下水道に流す仕組みになっていました。これにより、下水道管の詰まりを防いでいたのです。
この「下水道システム」と「近代都市」の比較・優位性を考えると、その先進性は明らかです。ロンドンでさえ、本格的な下水道が整備されたのは19世紀後半です。モヘンジョダロのエンジニアたちは、それより4000年も前に、衛生管理という都市のバグを解決するシステムを稼働させていたのです。
モヘンジョダロの排水システム断面図

2. 国家レベルの品質管理!「焼成レンガ」の規格化
もう一つ、私が鳥肌が立ったのがレンガです。モヘンジョダロを含むインダス文明の広大な領域(日本の国土の約2倍)で使われているレンガは、すべて「厚さ1 : 幅2 : 長さ4」という比率で統一されています。
この「焼成レンガ」と「規格化(Standardization)」の関係は、現代の工業規格(JISやISO)と同じ思想です。サイズを統一することで、どの職人が積んでも同じ強度が出せますし、補修も容易になります。また、あらかじめ大量生産してストックしておくことも可能です。
自然発生的な集落では、家のサイズも材料もバラバラです。しかし、モヘンジョダロは違います。最初から明確な「仕様書」があり、それに則って都市全体がビルドされていたのです。
モヘンジョダロの技術 vs 近代・現代技術
| 技術要素 | モヘンジョダロ (BC2500) | 近代・現代の対応概念 | エンジニア的視点での評価 |
|---|---|---|---|
| 排水処理 | 各戸に沈殿槽 + 公共下水道 | 浄化槽、下水処理場 | 分散処理と集中管路のハイブリッド設計が見事。 |
| 建材 (レンガ) | 1:2:4 の完全規格化 | JIS規格、モジュール建築 | 広域での互換性と品質管理(QC)が徹底されている。 |
| 都市区画 | 南北・東西のグリッド構造 | 碁盤の目状の都市計画 | 拡張性と管理コストを考慮したスケーラブルな設計。 |
結局、なぜ滅んだのか?「静かなる撤退」というリアルな結末

これほど高度なシステムを持っていた文明が、なぜ滅んでしまったのでしょうか? ここでも「核戦争」のような派手なエンディングは登場しません。
最新の研究が示すのは、「気候変動(Climate Change)」と「インダス文明の滅亡」の密接な因果関係です。
紀元前1900年頃、地球規模の気候変動により、インド洋のモンスーン(雨季)のパターンが変化しました。雨が降らなくなり、さらに地殻変動によってインダス川やその支流の流路が変わってしまったのです。
水がなければ、自慢の下水道システムも機能しません。農業も立ち行かなくなります。都市という巨大なシステムを維持するためのエネルギー(水と食料)が供給できなくなった時、人々は都市を捨て、水のある東の方角へと、長い時間をかけて移住していきました。
それは一瞬の破滅ではなく、環境変化に適応するための「静かなる撤退」だったのです。これは、気候変動のリスクに直面している現代の私たちにとって、核戦争よりもはるかに切実で、学ぶべき教訓を含んだ結末ではないでしょうか。
まとめ & CTA
モヘンジョダロは、「謎の核戦争」で滅んだ悲劇の都市ではありませんでした。そこにあったのは、「高度なシステム思考」と「徹底した規格化」によって繁栄し、抗えない「環境変化」に対して現実的な適応を選んだ、偉大なる先輩エンジニアたちの足跡です。
オカルトのミステリーも面白いですが、人間が知恵を絞って作り上げた「都市OS」の精巧さは、それ以上に私たちの知的好奇心を刺激してくれます。
次に博物館でインダス文明の展示を見る時、あるいは写真を見る時は、ただの古びたレンガだと思わないでください。その「1:2:4」の比率に注目してみてください。
そこには、4000年前の現場で汗を流したエンジニアたちの、品質へのこだわりと息遣いが確かに刻まれているはずです。
[参考文献リスト]
- UNESCO World Heritage Centre. “Archaeological Ruins at Moenjodaro.” https://whc.unesco.org/en/list/138/
- Harappa.com. “Indus Valley Civilization: Harappa & Mohenjo-daro.” https://www.harappa.com/
- Penn Museum. “The Mythical Massacre at Mohenjo-Daro.” Expedition Magazine. https://www.penn.museum/sites/expedition/the-mythical-massacre-at-mohenjo-daro/
- Giosan, L., et al. “Fluvial landscapes of the Harappan civilization.” PNAS, 2012. (気候変動に関する研究)


コメント